この記事は、2024年に出た以下の論文の日本語解説(と自分の感想)です。
夏といえばカブトムシです。子どもでも大人でも、あの大きな角に心を奪われたことがある人は多いでしょう。一方で、あの立派な角がどうやって形作られるのか、考えたことはあるでしょうか?
私たちは、そのメカニズムを明らかにするため、これまで研究してきました。
カブトムシの角は、幼虫から蛹、そして蛹から成虫への2回の脱皮で形成されます。
幼虫から蛹になる際の脱皮(蛹化)では、大きな角が出現します。私たちのこれまでの研究は、主にこの時の変形を対象にしていました。
2段階目の蛹から成虫への脱皮(羽化)では、蛹の丸みを帯びた角が、成虫のシャープな角へと変化します(図1)。この変形は、角を武器として機能する形にする重要な過程です。このメカニズムが今回の論文の主題です。
変形のカギを握るのは、上皮細胞シートと外骨格(クチクラ)です。
脱皮が始まる前、これらは密着しています。脱皮の準備が始まると、上皮細胞がクチクラから離れ、形を変え始めます。最終的には、新しいクチクラが上皮細胞から分泌され、硬化することで、新しい形が出来上がります。
私たちはまず、蛹を観察することにしました。すると、蛹の中で成虫の角が出来る際に、上皮細胞シートとクチクラが腹側で非常に近接していることが分かりました(図3)。
また、上皮細胞シートの表面積と内腔の体積が、蛹から成虫で収縮していることが分かりました。
この観察データから、腹側では、上皮細胞シートとクチクラが接着しているのではないかと考えました。
そこで、クチクラと上皮細胞の接着に重要とショウジョウバエで報告されているdumpyという遺伝子をノックダウンする実験を行いました。もし接着にdumpyが働いているなら、角は腹側から離れ、蛹の角の中心に浮かんだ形になるはずです。何らかの形の変化も生じると考えられました。
実際にdumpyをノックダウンした結果が図4です。予想とはやや異なり、成虫の角の腹側への局在はなくなりませんでしたが、先端部が柄の近くまで落ち込むという変化が見られました。
この結果から、接着のメカニズムが先端部(dumpy依存的)と腹側(dumpy非依存的?)で異なることを示唆されました。
これらの結果に基づいて、上皮細胞シートの変形を計算するコンピュータシミュレーションを作成しました。シミュレーションしたところ、成虫の角の形にかなり近い形になることが分かりました(図5)。
これらのデータから、クチクラへの接着と上皮シートの収縮、内腔体積の変化により、寸胴な蛹の角が鋭い成虫の角へと変形することが分かりました。
やや違うかもしれないですが、個人的には、アウトドア用品のタープやツェルトのようなイメージで捉えています(図6)。
論文内ではさらに、シミュレータを利用してパラメータ変化時の形状変化を調べたり(感度分析)、クワガタムシの大顎にシミュレータを適用してシミュレータの普遍性をを確認したりしましたが、ここでは割愛させていただきます。
それよりもぜひ見ていただきたいデータとして、論文のFig.S8のデータがあります(図7)。これは、接着パターンを人為的に(磁気ビーズと磁石で)改変することで、成虫の角の形を変えられるという実験です。主に静岡大学の後藤先生が取られたデータで、遺伝子以外への介入という点で、色々と利用できるのではと思っています。
全体の感想
この論文は、プレプリントの投稿から論文のアクセプトまで約1年かかり、非常に疲れました。1カ月以上待ってレビュワーが見つからなかったためにリジェクトなんかもありました。
ただ、査読のコメントは有益なものが多く、私自身の理解も査読を通じて深まりました。特に、論文に載せていたシミュレータに関して、平滑化の効果が収縮の項で吸収できることや、(Supplementaryにつけている)エネルギー安定化だけの計算でも成虫の角に似た形ができることは、査読の過程で理解が進んだ点で、レビュワーの方には非常に感謝しています。
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